「国会図書館への寄贈を禁じる」と記載された資料に関して
- 2024/11/25 22:26
- カテゴリー:国会図書館
ある日、いつものように国会図書館への寄贈のために資料の確認を行う。
そうして発送予定の図書を開いたところ、巻末の奥付に驚くべき一文が記載されていました。
「国立国会図書館への寄贈行為を禁じます」
これを見た瞬間、私は思わず絶句してしました。
これまでの私の寄贈活動に対するメッセージであると感じたほどです。
国会図書館の寄贈について言及された奥付を見たのは生まれて初めてでした。
最初は作者自身で納本するためにこのような記載をしたのかと思いましたが、どうやらそうではなさそうです。
実際、NDL SEARCHで検索をかけてもこの資料は見つかりませんでした(2024年11月25日現在)。
こうした事から作者の方は自分の作品が国会図書館へ登録されるのを拒否していると思われます。
とはいえ、我々が住んでいる日本国では民法第206条の所有権や著作権法26条の2第2項の譲渡権の消尽、
憲法第29条の財産権が存在します。
こうした条文からこの奥付に法的な効力はないと思われます。
また、国会図書館への納本は義務ですので国会図書館法にも真っ向から対立していると言えるでしょう。
しかし、前述の法律の運用と国会図書館での登録可否の判断は別の話です。
そのため、『国会図書館への寄贈を禁じます』と奥付に記載されている資料を寄贈した場合、
向こうではどのように対応されるのか職員の方にメールで問い合わせを行いました。
(非常に長いQ&Aになりますがご了承ください)
■Q.1
資料内に『国立国会図書館への寄贈行為を禁じます』などの文言が記載されていても、
出版・公開した著作物については貴館への納本義務が発生すると認識している。
そのため作者であっても第三者の寄贈を止める事はできないと考えている。
もし資料内に上記のような記載が存在している場合、この文言は各種法令から
完全に無効であるという認識で宜しいか?(通常のように寄贈可能であるか?)
□A.1
国会図書館では第三者から寄贈された資料の受入判断は、国立国会図書館法に基づいた当館内の規準に従い行っている。
『部内資料』や『関係者限り』など資料に公開を限定する用語が記載されている場合は、
その資料が受入対象かを慎重に判断することになる。
今回の場合は受入対象とならない『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』に該当する可能性があるが、
その判断にあたっては作者自身への聴取などの確認作業が必要となる。
■Q.2
今回の資料は特定の関係者のみに配布したものではなく、イベントで不特定多数の方に対して販売された図書である。
この場合は寄贈を禁じる旨の記載が存在していても、『部内資料』や『関係者限り』、
『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』といった要件に該当しないという認識で宜しいか?
□A.2
その資料がイベントで販売されたことだけでは国会図書館の受入対象であると判断することは難しい。
繰り返しとなるが、今回の場合は受入対象とならない
『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』に該当する可能性があるため、
その判断については慎重を期して作者自身への聴取などの確認作業が必要となる。
当館の受入対象かどうかは、資料の形態や状態などを総合的に判断して資料ごとの判断となる。
■Q.3
『Q.2』の件について、寄贈者から『機密資料ではない旨』などの情報を提示・提供すれば、
貴館での作者への聴取は不要になるのか?
□A.3
第三者である寄贈者からの情報は作者からの情報とはなり得ず、
寄贈者からの情報のみをもって受入可能な資料と判断することはできない。
■Q.4
資料の奥付に著作者への連絡方法(住所や電話番号、メールアドレスなど)が記載されていない場合が稀に存在する。
この状態で寄贈を禁じる旨の記載が存在すると貴館で著作者への連絡が取れず、
正当な理由なしに納本がなされない事態に陥るのではないかと考えている。
これが周知されると前述の抜け道で納本を拒否する事例が多発する可能性があり問題が発生しそうな気がする。
これに対し貴館ではどのように対応されるのか?
□A.4
作者ではない第三者からの寄贈は、作者からの納本とは異なる資料の収集方法である。
『国会図書館へ寄贈を禁じる』などの記載がある資料は、あくまで第三者の寄贈を禁止するための記載であり、
確認を経て作者からの納本を受けることはあり得る。
個人の作者への納本の働きかけには限界があるが、納本制度の趣旨を理解頂いて、
関係者の方々にご協力頂けるように広く周知していくようにする。
Q&Aは以上になります。
ひとまず寄贈を禁じている資料を発送しても絶対に登録されないという訳ではなさそうです。
しかし、これによって国会図書館の方にお手を煩わせてしまうのは間違いありません。
そして『第三者による寄贈』は補助的な制度で、基本は『作者本人による納本』である点も改めて学びました。
今回のやり取りから、これからの私の方針についてご説明します。
『国会図書館への寄贈を禁じる』などの記載がある資料は、その作者の今後の作品も含め基本的に寄贈しないようにします。
(今回該当した図書も発送しませんでした)
奥付でお願いされているのですから作者本人の気持ちを蔑ろにする訳にはいきません
前述の通り、作業される職員の方々の仕事を増やしてしまうのが申し訳ないという理由もございます。
ただ、自粛するのはあくまで『基本的に』です。
どうしても登録したい資料については従来通り寄贈を行います。
作者の方にも様々な考えがありますが私にも自分自身の信条がございます。
上記の方針に加えて私自身の寄贈についての立場も同時にお伝えします。
確かに今まではブログのネタとして寄贈していた部分もございました。
過去の記事でもそのような調子で執筆していた時がございましたし。
ですが寄贈活動の本来の目的は私が寄贈した資料を不特定多数の方に活用して頂く事です。
少し大げさかもしれませんが、私には
『資料の価値を決めるのは後世の方々である』
という理念がございます。
私の国会図書館への寄贈活動にはこうした考えも含まれています。
私自身もこれまで、国会図書館に登録されている資料に助けられてきました。
もし私が寄贈した資料が誰かのお役に立てるのでしたらこれほど嬉しい事はございません。
なお、この国会図書館とのやり取りについては、職員の方よりWeb上での掲載許可を頂いております。
この度は私の愚問に対して真摯にご対応頂きました本当にありがとうございました。
記事の作成にあたり質問文を再確認しましたが、もう少し分かりやすい文章でお伝えすべきであったと反省しています。
また、当初は今回の件について当サイトでご紹介するかどうか悩んでいました。
他の方の寄贈活動に水を差したくないという思いがあったので。
それでも、今後私と同じような状況に遭遇された方に対し、少しでもお役に立てればと感じ記事を作成しました。
国会図書館への寄贈を禁じる資料に遭遇した際に少しでも冷静に対処頂ければと思います。
非常に変則的な案件でしたが様々な知識を学ぶ事ができて良かったです。
しかし、コピー本やビニールのCDケースの資料など国立国会図書館への寄贈はまだまだ分からない内容ばかり。
寄贈活動を続けていく限り私の勉強に終わりはないのかもしれません。
そうして発送予定の図書を開いたところ、巻末の奥付に驚くべき一文が記載されていました。
「国立国会図書館への寄贈行為を禁じます」
これを見た瞬間、私は思わず絶句してしました。
これまでの私の寄贈活動に対するメッセージであると感じたほどです。
国会図書館の寄贈について言及された奥付を見たのは生まれて初めてでした。
最初は作者自身で納本するためにこのような記載をしたのかと思いましたが、どうやらそうではなさそうです。
実際、NDL SEARCHで検索をかけてもこの資料は見つかりませんでした(2024年11月25日現在)。
こうした事から作者の方は自分の作品が国会図書館へ登録されるのを拒否していると思われます。
とはいえ、我々が住んでいる日本国では民法第206条の所有権や著作権法26条の2第2項の譲渡権の消尽、
憲法第29条の財産権が存在します。
こうした条文からこの奥付に法的な効力はないと思われます。
また、国会図書館への納本は義務ですので国会図書館法にも真っ向から対立していると言えるでしょう。
しかし、前述の法律の運用と国会図書館での登録可否の判断は別の話です。
そのため、『国会図書館への寄贈を禁じます』と奥付に記載されている資料を寄贈した場合、
向こうではどのように対応されるのか職員の方にメールで問い合わせを行いました。
(非常に長いQ&Aになりますがご了承ください)
■Q.1
資料内に『国立国会図書館への寄贈行為を禁じます』などの文言が記載されていても、
出版・公開した著作物については貴館への納本義務が発生すると認識している。
そのため作者であっても第三者の寄贈を止める事はできないと考えている。
もし資料内に上記のような記載が存在している場合、この文言は各種法令から
完全に無効であるという認識で宜しいか?(通常のように寄贈可能であるか?)
□A.1
国会図書館では第三者から寄贈された資料の受入判断は、国立国会図書館法に基づいた当館内の規準に従い行っている。
『部内資料』や『関係者限り』など資料に公開を限定する用語が記載されている場合は、
その資料が受入対象かを慎重に判断することになる。
今回の場合は受入対象とならない『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』に該当する可能性があるが、
その判断にあたっては作者自身への聴取などの確認作業が必要となる。
■Q.2
今回の資料は特定の関係者のみに配布したものではなく、イベントで不特定多数の方に対して販売された図書である。
この場合は寄贈を禁じる旨の記載が存在していても、『部内資料』や『関係者限り』、
『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』といった要件に該当しないという認識で宜しいか?
□A.2
その資料がイベントで販売されたことだけでは国会図書館の受入対象であると判断することは難しい。
繰り返しとなるが、今回の場合は受入対象とならない
『機密扱いの資料など作者が公開を予定せず作成した資料』に該当する可能性があるため、
その判断については慎重を期して作者自身への聴取などの確認作業が必要となる。
当館の受入対象かどうかは、資料の形態や状態などを総合的に判断して資料ごとの判断となる。
■Q.3
『Q.2』の件について、寄贈者から『機密資料ではない旨』などの情報を提示・提供すれば、
貴館での作者への聴取は不要になるのか?
□A.3
第三者である寄贈者からの情報は作者からの情報とはなり得ず、
寄贈者からの情報のみをもって受入可能な資料と判断することはできない。
■Q.4
資料の奥付に著作者への連絡方法(住所や電話番号、メールアドレスなど)が記載されていない場合が稀に存在する。
この状態で寄贈を禁じる旨の記載が存在すると貴館で著作者への連絡が取れず、
正当な理由なしに納本がなされない事態に陥るのではないかと考えている。
これが周知されると前述の抜け道で納本を拒否する事例が多発する可能性があり問題が発生しそうな気がする。
これに対し貴館ではどのように対応されるのか?
□A.4
作者ではない第三者からの寄贈は、作者からの納本とは異なる資料の収集方法である。
『国会図書館へ寄贈を禁じる』などの記載がある資料は、あくまで第三者の寄贈を禁止するための記載であり、
確認を経て作者からの納本を受けることはあり得る。
個人の作者への納本の働きかけには限界があるが、納本制度の趣旨を理解頂いて、
関係者の方々にご協力頂けるように広く周知していくようにする。
Q&Aは以上になります。
ひとまず寄贈を禁じている資料を発送しても絶対に登録されないという訳ではなさそうです。
しかし、これによって国会図書館の方にお手を煩わせてしまうのは間違いありません。
そして『第三者による寄贈』は補助的な制度で、基本は『作者本人による納本』である点も改めて学びました。
今回のやり取りから、これからの私の方針についてご説明します。
『国会図書館への寄贈を禁じる』などの記載がある資料は、その作者の今後の作品も含め基本的に寄贈しないようにします。
(今回該当した図書も発送しませんでした)
奥付でお願いされているのですから作者本人の気持ちを蔑ろにする訳にはいきません
前述の通り、作業される職員の方々の仕事を増やしてしまうのが申し訳ないという理由もございます。
ただ、自粛するのはあくまで『基本的に』です。
どうしても登録したい資料については従来通り寄贈を行います。
作者の方にも様々な考えがありますが私にも自分自身の信条がございます。
上記の方針に加えて私自身の寄贈についての立場も同時にお伝えします。
確かに今まではブログのネタとして寄贈していた部分もございました。
過去の記事でもそのような調子で執筆していた時がございましたし。
ですが寄贈活動の本来の目的は私が寄贈した資料を不特定多数の方に活用して頂く事です。
少し大げさかもしれませんが、私には
『資料の価値を決めるのは後世の方々である』
という理念がございます。
私の国会図書館への寄贈活動にはこうした考えも含まれています。
私自身もこれまで、国会図書館に登録されている資料に助けられてきました。
もし私が寄贈した資料が誰かのお役に立てるのでしたらこれほど嬉しい事はございません。
なお、この国会図書館とのやり取りについては、職員の方よりWeb上での掲載許可を頂いております。
この度は私の愚問に対して真摯にご対応頂きました本当にありがとうございました。
記事の作成にあたり質問文を再確認しましたが、もう少し分かりやすい文章でお伝えすべきであったと反省しています。
また、当初は今回の件について当サイトでご紹介するかどうか悩んでいました。
他の方の寄贈活動に水を差したくないという思いがあったので。
それでも、今後私と同じような状況に遭遇された方に対し、少しでもお役に立てればと感じ記事を作成しました。
国会図書館への寄贈を禁じる資料に遭遇した際に少しでも冷静に対処頂ければと思います。
非常に変則的な案件でしたが様々な知識を学ぶ事ができて良かったです。
しかし、コピー本やビニールのCDケースの資料など国立国会図書館への寄贈はまだまだ分からない内容ばかり。
寄贈活動を続けていく限り私の勉強に終わりはないのかもしれません。